Linkslover

世界中のどんなコースに行ってもサマになる。そんなゴルフを僕はしたい。

感覚とかドリルとかハンドファーストとか理論とか

昨日練習しながら思ったことをつらつらと。

右手で片手打ちしていると切り返しでシャフトがシャローになるのに両手で打つとできなくなるのはなんでだろう,とずっと思ってたんですが,それがようやく分かった(気がする)。要は右手がルースだったというか,右手首がしっかり背屈してなかったからだ。

自分の中のイメージでいうなら,ロジャー・フェデラーのフォアハンドのように。

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よく言われる「タメ」とは「何がどこに溜まるのか?」という問題ができそうですが,自分の場合は「力が,右手首に」。そら,切り返しで右手にタマらなかった,リリースが早くなってフリップ気味に打っちゃうよね。「片手打ちドリルは大事」って知識としては知ってて,自分でもやっていたはずなのに,この感覚に気づかなった。まさに「闇雲にやるドリルに意味はない」*1ってところです。

ドリルって,普通にはしない動きをすることによって動作を矯正するとともに「然るべき感覚」を身につけるのが肝かと思うんですが,その「然るべき感覚」にフォーカスしないと,結局「ドリルできるけど普通のスイングはではできない」ってことになっちゃいますよね。誰かもっと早く教えてよ,と思う反面,こういう感覚の問題って個々人の問題だから,自分で気づくしかないのかなぁ。

「然るべき感覚」という風に一般化するから難しいのか? ジャック・ニクラウスは『Golf My Way』の中で自分がスイング中に感じていること*2を書き残しているけど,切り返し以降はだいぶ端折っていて(ニクラウスにとっては「無意識下」で行なわれていることだから記述するのが難しかったんだろうけど),ちょっとがっかりした覚えがある。一般化は難しくても,「こういうタイプの人/こういうエラーが起きている人は,こういう感覚が得られていない可能性がある」というふうに項目立てて,「感覚」とそれを掴むための「ドリル」をまとめてくれる本があったら,独学派のアマチュアゴルファーには大いに恩恵があるように思うんだけど。

ハンドファーストなインパクト

なんてことを考えた練習の前に目にしたのが,マーク金井のこの文章。

超私的な考察 なぜアマチュアの多くはハンドファーストの状態で打てないのか!? | マーク金井ブログ

あいかわらず「超私的」という名のもとに,根拠に基づかない自説を無責任にご披露してらっしゃるなぁと思ったのですが,そしてやおら「支点」などという単語を持ち出して最近流行りの「振り子」的観点を持ち出そうとしているあたりは「波乗り」が上手いなとも思ったのですが,とにかく「なぜアマチュアの多くはハンドファーストの状態で打てないのか」という問いに対して「最大の要因はグリップエンドが支点になってヘッドを振ってしまっていること」と言っちゃってるの。だからそれはなんでかって話だし,ゴルフスイングが大なり小なり「二重振り子運動」だとしたら(おっと,キープレフト和田氏は否定されるでしょうが),グリップエンドが支点(のひとつ)になるのは当然じゃん。

「インパクトゾーンでヘッドを振るのではなく、クラブ全体を動かすこと」とか言うけどさ,誰も「ヘッドを振」ってはいないよ。みんな「クラブ全体が動」いているよ。いや,言いたいことは分かるんだけど,もっと他に書き方あるだろ。本当にこれでゴルフについて書いたり喋ったりすることを生業にしているのかよ。他にもツッコミどころ多々。

いや,言いたかったのは,「インパクトでハンドファーストにならないのは,切り返しでタメができてないからじゃない?」ということ。つまり,ハンドファーストじゃない(フリップしている)のって,要はインパクト時に右手首が掌屈してるってことじゃないですか。背屈してる時間が長いほどインパクトでは掌屈しづらくなるでしょ,っていう(運動の方向性とかアームローテーションの話とかはひとまず置いとく)。

つまりこういうこと。

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そこを無視して「ヘッドを振るんじゃなくてクラブ全体を動かせ」って言われたって,切り返しでタメができてなかったら,今度は左肩(かどこか)を支点にした1重振り子運動になって,弱々しいスイングしかできなくなると思うんですけどね。

「理論」の効用

このツイートを再掲しますが,

「自分も”キープレフト理論”を広めようとしてたり,記事の中で”エキセントリック収縮”を紹介してたりしてるのに,何言っちゃってるの」という感想しかもたないのですが,少し好意的に解釈してあげれば,確かにゴルフスクールでもコーチが何かいうたびに「要は逆しなりを使えってことでしょ?」とか「だから前傾キープできないんだな」とか,知ってる言葉をすぐに持ち出して解釈したように喋るけどそのくせ本質的なことは理解してないし理解しようとしていない人が散見されて,そういう人を対象にしてるのであれば,確かに「理論」(というか何というか)は邪魔でしかない。「そういう言葉はどうでもいいから,こう動け,こう感じろ」と言った方が早い。でもそれって,自分の子供に理を説くことなくただ怒鳴りつけて自分の思う通りの行動をさせるのとあまり変わらないように思うんですよね。

一方で,そもそもここで児山氏が「理論」と呼んでいるものって何を指しているの?という疑問はあって,いやそれが「キープレフト理論」とか「クォーター理論」とか「4スタンス理論」とかを指しているんであれば,いやそれそもそも「理論」じゃなくてたかだか「メソッド」とか「打法」とかでしょ,と。外でも児山氏は「地面反力とかシャローイングには反対」みたいなことを言ってて,いやいや「反対」っていってもそれは現象としてそこにあるじゃん,と思うんだけど,「手の感覚がプアな癖にそういう流行り言葉に飛びついてスイングスピードを上げることだけを目指そうとしている」ことを否定するのであれば,それは同意する(にしても,他に書き方あるだと思うけど)。

とまぁ,どこまで言っても「どういう人のどういう現象を対象にした発言なのか」という問題はつきまとうわけですが,「理論」ってほんとは「ほぼ確からしい事実の体系」なので,知ってて困ることはないし,むしろ上達を助けるでしょ,っていうのが僕のスタンス。そして「理論」よりも「理論的」である方がもしかしたらもっと大事かもしれなくて,だってちょっとでも理論的に考えれば,いろんな人が適当なことを言ってるんだなってことに気づけるので。

……自分が何と戦っているのかよく分からないけど,プロなのに適当なことを言う人には噛みつきたくなります。