Linkslover

I want to be a window through which Japanese golfers can see what’s happening outside. TPI G2/P2.

セオドア・P・ジョーゲンセン『ゴルフを科学する』丸善

この本のネガティブな側面については以下の記事で吐き出したので,

ykkactuarial.hatenablog.jp

こっちでは,ゴルファー的にみて興味深いと思えたところを拾っていきたい。

スイングのパワーの源について

著者によると「プロゴルファーはスイング中2馬力に相当する力を出す」といい,計算上は「ゴルフのスイングで力を出せる筋肉は14.5キログラム分あるはず」だという。「14.5キログラム分の筋肉を,普通の人の身体で探してみると,腕や肩では間に合わない。足*1,もも,背筋を使って初めて14.5キログラムに達する。パワーという観点でスイングを見ると,その多くの部分が肩や腕ではない他の筋肉からきている」。

そして,

「肩と背中の筋肉だけで,正のトルクを腕に与えてダウンスイングを開始し,大きな筋肉はあとで使うというのではなく,大きな筋肉と肩,背中の筋肉を同時に使って,ダウンスイングを開始しろということである。」

この主張の背景にあるのは,そもそも「ダウンスイング中の回転軸を制止させるという考え方」に著者が否定的で,むしろその回転軸がターゲット方向に移動しているし,それがクラブヘッドスピードを増す要素のひとつになっている,ということ。細かくいえば,

ここで考えているダウンスイングの「二つのロッドモデル」では,運動しているシステム全体に加わるエネルギー源としては三つのものがある。その第一の主たるエネルギー源はゴルファーがスイング中になす仕事で,ダウンスイング時に腕に加わわったトルクTSが,ダウンスイングの回転中になす仕事(腕とクラブの回転エネルギー)である。第二はバックスイングのトップで,腕とクラブのもつポテンシャルエネルギーである。〔中略〕第三のエネルギー源はゴルファーがスイングの軸をシフトさせる(平行移動させる)ことからくるものである。

ということで,著者の分析によると,

クラブヘッドがボールに接するときの全エネルギーの七一%が,腕とクラブに与えられ*2トルクによるものであり,一三%がポテンシャルエネルギーからの変換分であり,さらに残りの一六%が身体の軸のシフトからくる。

ということ*3。「身体のシフトのヘッドスピードに与える改善効果は余り大きくない。しかし上手なシフトをしないでプレーすると,失敗する危険がある」と,著者は述べている。

著者のモデルによれば,計算でTSを5%だけ増したとき,インパクトにおけるヘッドスピードはたったの1.7%増加するだけで,トルクを5%だけ小さくすると,インパクトにおけるヘッドスピードは1.8%しか現象しないんだと。それよりも著者によれば,インパクト時のヘッドスピードに大きな影響を与えるのは,ダウンスイング開始時におけるコック角 *4 だという *5

スイング中の左肘について

一般的にスイング中の左肘は伸ばされたままがいいと言われているし思われているが,著者はハリー・バードンを引き合いに出して,スイング中の左肘は曲げられた方が――いわゆるバードンスイング――クラブヘッドスピードが上がると述べている。

実際のバードンスイングは,こんな感じ。

www.youtube.com

クラブヘッドの慣性モーメントについて

普通のクラブヘッドのデザインでは,ダンベル型のように完全に周辺に重量を集中させられないから,慣性モーメントも一様な棒に比べてそれほど大きくすることができない。たとえば,普通のクラブでスイートスポットをはずして打った場合,三度角度が狂ったとしたら,その狂いが二度になる程度である。

まぁこれは原書が出たとき(1994年?)の話なので,いまはもうちょっと改善しているだろうけど。

クラブのマッチングについて

いわゆるスイングウェイトとかMOIマッチングとか,その辺の話で,「完璧なクラブのマッチングについてちゃんと議論をするためには,まずクラブの機械的な特性を表す三つの力学的パラメータを理解しておく必要がある」ということで,

まず第一のパラメータはクラブの質量,Mである。第二のパラメータはリストをコックする軸まわりの第一モーメント,Sである。〔中略〕第三のパラメータは第二モーメント,すなわち同じ軸のまわりの慣性モーメント,Iである。

付録に詳細が記されているが,

  • Sは,クラブの質量と,リストコック軸*6とクラブの重心との距離をかけたものとして求めることができる。
  • Iを求めるには,振り子のようにゴルフクラブをリストコック軸まわりにスイングして振動の周期を決定する必要がある。

いわゆるスイングウェイトに関して著者は,以下のように述べている。

スイングウェートが同じクラブは,グリップエンドからある一定の距離をおいた点での第一モーメントが等しくなるようにできている。プロショップで使っているほとんどの秤は,グリップエンドから計って一二インチのところで第一モーメントを測るようになっている。この一二インチというのには特別の意味はない。

で,「このようなマッチングをとることには,習慣以外にあまり根拠があるとは思えない」と結論づけている。

シャフトのしなりについて

シャフトの「振動数」は,シャフトのバット側を万力で固定した上で計測されるわけだけど,ダインスイング中のシャフトの振動数は,それよりは小さい。それは当然ながら人間の手は万力ではないし,ダウンスイング中のコック角の変化,あるいはリストに加えられるトルクというものも,その理由である*7

著者いわく,「シャフトのしなりによるヘッドスピードの増大はこのモデルによる計算ではわずか三%である。同じようにシャフトの柔らかさを一〇%増してもヘッドスピードには余り差が出なかった」。これはいわゆるシャフトのキック(あるいは「逆しなり」)の効果について述べているのだと思うけど,われわれゴルファーは,シャフトのしなりは「スイングのしやすさ」「スイング中のフィーリング」に影響を与えることを知っている。

Dプレーンについて

本書内では簡単に触れられている印象だけど,つまりインパクト時のクラブフェースの法線ベクトルとクラブヘッドの軌道とがなす面がDプレーンで,ボールはこの面に沿って打ち出され,スピンがかかり,そして揚力が発生するし,そしてボールが実際に飛ぶ方向は(摩擦やボールの変形等の影響で)その法線ベクトルよりは下になると。

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これだけでいろんなことが説明できるけど,たとえば「サイドスピン(だけ)を抑えるボール(あるいはクラブ)」というのが物理的にはありえないことが分かりますわね。

*1:これもよく考えたら「脚」だよな

*2:ママ

*3:ポテンシャルエネルギーなんて大したことないので,日本の女子プロみたいに高いトップなんて,ヘッドスピードの観点からみればほとんど意味がないことが分かる

*4:本書では「コック」と「ヒンジ」の使い分けがされていなくて,腕とシャフトとのなす角を「コック角」と表現している

*5:っていうと誤解を招きそうだけど,切り返しでのコック角って手首だけじゃなくて上体全体の動きに関わってくる話だと思う

*6:たとえばグリップエンドから5インチの場所

*7:ツイッターで,けっこう賢そうな人が,この点を完全に誤解した上で,なにやら難しい計算をしていたのを見たことがある