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1にコースで2に道具,3・4がなくて,5にスコア

Jazz Guitar Blog に学ぶ,ゴルフに臨む姿勢

「Jazz Guitar Blog」というブログがありました。今でもあると思っていたのですが,残念ながら閉鎖されたようです。

誰が”Jazz Guitar Blog”を潰したのか | ゴルディアスの涙目

「Jazz Guitar Blog」は,その名の通りジャズギターに関するブログです。なのですが,そのジャズギター(の上達)に関する姿勢は,ゴルフ(の上達)にも通じるものがあると思いながら,愛読していました。といいますか,僕がゴルフに関してぼんやりと思い抱いていることを,この方はジャズギターの文脈で見事に表現されていました。

本当に初心者の人はどのように学習するのがベストなのか

例えば,「本当に初心者の人はどのように学習するのがベストなのか」というエントリー。

ジャズに興味がある。そのなんとも言えないリズムに、グルーヴに、美しいハーモニーに魅了されている。そして1日に何時間でも練習する情熱もある。極端な話、人生において音楽以外に重要なものは何もない。そんな方々に対して私が言えるのは、非常に凡庸なのですが、次の一言です。

「教則本を買うのではなく、生身の人間に習ったほうがいい。」

ジャズは教則本ではなく、まず生身の人間から教わったほうが良いのです。「尊敬する先生との1時間のレッスン」は、「教則本の内容を100時間弾く」ことよりもずっと価値のあるものです。

〔中略〕

「有名な先生ではなく、あなたがその人のように弾きたい、その人のプレイに感動した、まさにその人に習いに行く」

人前でそれなりに弾ける人は、やっぱり1日平均3〜5時間程度の練習を最低数年は続けたことがある人々という感じがします。そして自分で教則本や参考書を買ったりはするのですが、やはり誰かに習ったことのある人がほとんどです。

僕が今習っているコーチのスイングは,体験レッスンを受けようと思う前から動画をInstagramで見ていて,こんなふうに僕もスイングしたいと思ったことを覚えています。

ツイッターとかを眺めていると,「初心者だけど(人に習わず)試行錯誤を楽しんでいます」とかいっている人を見ますが,習ったら習ったで試行錯誤はあります。どんなレベルになっても試行錯誤はあります。自分がいくら考えても分からないことを,他の人は見えているし知っている場合が往々にしてあります。

マーク金井によると,「継続的にレッスンを受けているのは1~2割ほど。単発でレッスンを受けた人を含めるともう少し増えるが5割は越えない。多くのゴルファーはゴルフ雑誌やレッスン書,YouTubeを見ての我流」とのことですが,そんな少ないものなのでしょうか。

「多岐にわたる練習項目を毎日確実にこなす」

あるいは,「多岐にわたる練習項目を毎日確実にこなす」というエントリー。

今日でもう今年も終わりですが、今年は「これを続けていけば確実に上達する。しかも速く上達できる」と確信を持った練習方針があります。

それは次のようなものです。

  • 毎日様々な種類の練習をする。多岐にわたる練習項目をこなす
  • 個々の項目に費やす時間は長すぎてはいけない
  • 1つの項目に費やせる時間が1分間だけでも毎日続けると確実に効果がある
  • 練習項目を変更する場合は、最低でも30日以上経過したものと入れ替える
  • 大切なのは毎日それを続けること。この基本方針を維持すること

脳科学的にも,同じ練習を長時間繰り返しても効果は薄いことは証明されています。

楽器の練習方法に学ぶ,効果的な練習・非効果的な練習|脳科学者の知見をまじえて - Linkslover

『脳が認める勉強法:「学習の科学」が明かす驚きの真実!』ダイヤモンド社 - Linkslover

「練習とは実験である」というようなことを,佐久間馨も書いていたような気がします。

佐久間馨『練習ぎらいはゴルフがうまい!』ゴルフダイジェスト社 - Linkslover

「時間」や「球数」自体には,意味がないです。

「良い練習ができるようになるためにはそれなりの年月が必要である」

こんなことも。

練習は、間違いなく必要なものですが、やみくもに練習しても効果はないでしょう。自分にはいまどんな練習が必要なのか、何が余分で何が足りていないのか。定期的に振り返って内容を修正していく必要があるはず。いい先生に習っている方なら、外側から何かアドバイスをもらえるはず。水をジャブジャブかけるだけの練習なら、あまり良くないと思います。

「練習のための練習」には意味はないですが,「練習のスキル」は存在すると思います。

「ジャムセッションで不必要に凹まないために 成長し続けるためのメンタル管理」

「ジャムセッション」は,ゴルフの文脈では「コースでのラウンド」と置き換えればいいでしょう。「Jazz Guitar Blog」にはこんなフレーズを書かれていました。

  • 自分自身に対して過剰な期待を持たないこと

  • 最高のパフォーマンスを発揮するためにセッションに行かない。未知の何かを発見するために、セッションに行く。そんなふうに思考をシフトしてはどうでしょうか。

  • 自分の能力を証明しようとしないこと

  • 誰もあなたの演奏なんか真面目に聴いちゃいない

  • 再現するような演奏ではなく、発生するような演奏を心がける

「練習の成果を発揮するぞ!」と前のめりにならない。ラウンドでできることは,自分が無意識にできるようになったことだけ。打ちたい弾道をイメージして,そのときどきでベストを尽くすことだけですね。

「感覚派と理論派は対立する必要がない」

発売されたばかりのヤング・ギター(2018年2月号)の表紙に惹かれました。「ギターと理論」が今号のテーマ。ロック・ギター音楽の世界では昔から「感覚派と理論派」の反目が絶えないらしく、そこに何らかの指針を提示しよう、という趣旨のようです。冒頭のインタビュー記事でジョー・サトリアーニがこんなことを言っていました。

「決して少なくない人達が、なぜだか理論を恐れているようなんだ。新しいものを学ぶと、何かを失ってしまうのではないかとでも思っているようなんだよ。だから僕は、みんなに説明できないといけない。「恐れることなど何もない」「失うものなど何もない」とね。(…)音楽理論を恐れている人は、”音楽理論”と呼ぶべきじゃない。”音楽情報”と呼ぶべきだ。そうすると、ちょっとホッとするだろ?(笑) そう、単なる”情報”なんだよ!」

情報は,あるに越したことはありません。一方で,玉石混交の中から必要な情報を選択するスキルは必要です。それを支えるのも「理論」ではないでしょうか。

「理論はともだち」

理論というものに対して時に異様なほどの嫌悪や敵対心を見せる人がいます。

理論は音楽の敵だ、理論を勉強するとロクなことがない、後付けの説明で何がわかる、という風に、もう親の仇のように理論を敵視する人に(特にネット上で)出会すことがあります。

〔中略〕

理論は何のためにあるか。音楽学者ではなくプレイヤーの立場からすると、それはやはり「新しい可能性に触れる」ためにあると思います。「正しく演奏」するためでも「間違った音を弾かない」ためでもない。

自分の想像力と創造力を制限するためにではなく、むしろそれらを解放するために理論がある。と個人的には考えています。理論を勉強してマイナスになることは何もないはず。理論を学べば自動的に演奏がうまくなるわけは勿論ないですが、「理論は助けてくれる」ことがやはり多いと感じます。

完全に同意します。

ちなみに

このブログについていつか書かなきゃと思って放置していたのですが,閉鎖されていたことを今日知り,急いでこの記事を書いた次第です。上記の引用はすべて,僕のRSSリーダーにたまっていたものからもってきました。