Linkslover

旧:GOLF103。道具とかスイング理論とかコース設計とか海外ツアーとか,ゴルフのいろんな側面に興味があるんですが,結局は「自分のスコアがどうしたら縮まるのか」という観点から眺めています。イギリス在住中の2年間に名コースを巡ったのは遠い思い出(世界TOP100コースのうち20以上でラウンドしました)。

設計家トム・ドォーク

設計家トム・ドォークといえばまずもって『Conficendial Guide』が思い出されるのですが,そういえば今年の Scottish Open は彼が造った Renaissance Club で開催されるので,少しはその作品が日本のゴルファーの目に触れる機会も増え……ないか。

この記事を読んで改めて思ったのは,何かを成し遂げる人っていうのは,やっぱり何かをとことんやる人なんですね(手紙を書きまくったくだりとか)。

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ドォークが設計した Pacific Dunes

Tom Doak — Golf World Top 100

ゴルフコース設計に興味を持ちはじめたのは,自分が小さいときによくプレーしたパブリックコース(コネチカット州の Sterling Farms)と,父が大会で行ったコースとの違いに魅了されたから。その中では,Harbour Town や Pinehurst,Pebble Beach などが最初のもの。Sterling Farms とはまったく違ってたよ! Harbour Town と Pebble Beach のあいだのどこかで,こう思った。『僕がこれが本当に好きなんだ』って。」

今のハンディキャップは11。いちばん低かったときで4。自分がプレーヤーとしてはやっていけないって知るには,これで十分だね。15歳のとき,自分はこれではやっていけないって分かった。自分にとって次に大きかったのは,設計だった。ゴルフに関わりつづける方法としては,とても魅力的に思えた。のちに,設計の方がもっといいことだって思えた。」

大学時代をすごしたニューヨーク北部では,冬のあいだじゅう雪で,ゴルフなんかできない。ただただ講義と暗闇だった。ゴルフビジネス界の人々に山ほどの手紙を書いて,『あなたが私だったらどうしますか?』と質問した。たくさんの助けが得られたよ。同年代の他の人たちもゴルフコース設計に興味を持っていて,多くはいま業界にいるけれど,でもその中の誰も,ベン・クレンショーにアドバイスを求めはしなかった。その人たちみんなと時を過ごすことになり,設計についてと,自分が見に行くべきコースについて語ったんだ。」

もし僕が1982年の夏にセント・アンドリュースに行って1年間を過ごしてなかったら,いまの僕の設計哲学はまったく別のものになっていただろう。その旅のタイミングは完璧だった。ピート・ダイの建築チームの一員としてひと夏働いていて,大学を終えたばかりで,アメリカではおおくの超一流コースを目にしていた。だけど誰も僕に対して,コース設計はこうすべき・こうすべきではないということを吹き込んではいなかった。いまではアメリカの設計家はコンベンションにやってきて,偉大なコースを6つか8つプレーしては,『あぁ,いまじゃこんなことはしちゃいけないんだ』と言う。だけど自分はまだ若くて,そういうものの見方をしていなかった。自分はむしろ,「なんでこんなコースがアメリカにはないんだろう?」と思っていた。なので,あらゆることを開かれた心で見る,完璧なタイミングだった。Lahinch*1 では,悪名名高いブラインドのパー3ホール”Dell”の横に座って,午後のあいだじゅう,他のひとたちがプレーする様子を見ていたよ。」

その夏,Troon で開催された全英オープンの『Golf World』誌のハウスに実際に滞在した。キャンプベッドで寝たよ。数カ月後,イギリス中を旅して回ったあと,彼らのロンドンオフィスに出向いて,自分が撮ったコースの写真を見せた。かなりの量の写真を彼らに売って,それから彼らは,イギリスのゴルフコースの特集をよくするようになったよ。それまではあまり写真を持っていなかったみたいなんだ。」

コースの改装と,自分の設計でいちから造るのとは,まったく別物だ。私たちは改装したプロジェクトに誇りを持っているけど,自分たちがリスペクトするコースでしかそれをやらないし,多くく手を加えようとはしていない。私たちはただ,そのコースがあるべき姿に戻そうとしているだけなんだ。でもこれが,新しいのを造るのと同じぐらい楽しいかと訊かれれば,それほどではない。」

海外で過ごしていたとき,自分がリンクスコースとかヘザーランドコースを造る機会がえられるなんて,思ってもみなかった。でも実際にはそうなれた。リンクスコースとかヘザーランドコースとかをどう定義するかにもよるけど,4つから7つのあいだのリンクスコースを造ったんだ。ヘザーランドコースを造る機会はまだない。いまやっているのは Woodhall Spa の改装で,それがヘザーランドコースにいちばん近いかな。本物のコースに関われるのは,とても興奮するね。」

僕の設計哲学は最初のコース(1989年,Hight Pointe)のときから大して変わっていない。依然として,地形に変化を加えるのは少ない方がいいと思っている。いちばん大事なのはルーティングだし,まずどこにホールを設置するかだと思っている。そのあとでグリーンが,ティーに向かって後ろ向きに設計を方向づける。それがうまくいけば,それ以外には多くのことをする必要がない。そういう考えは,ほとんど変わってない。だけど私のクライアントは,リソースと持っている土地という面で変化してきている。」

そのコースのことをよく知っていれば,コースをひとりのプレーヤーとして楽しめて,その設計について気をもむことはない。自分が造ったコースでさえも,そこで快適にプレーできるまで3年かかったよ。最初の2年は,そこに戻るたびにグリーンキーパーたちとオーナーが50個の質問を僕に投げかけてきた。他の人たちがプレーする様子を見て,自分のコースについて深く知ることができる。それを思い浮かべることは上手にできるんだけど,上手なプレーヤーとか下手なプレーヤーが自分の予想していたのとは違ったかたちでプレーするのを見るのが好きなんだ。」

『Confidential Guides』について,いろんな人が僕に質問する。その大部分は,僕の評判だと思う。一方で,自分のビジネスにとってはとてもいいと思う。なぜなら自分がコース設計に熟知していると見せることができるから。だから僕を雇いたいと思う人もいるだろう。だけど他方で,あの本はとても物議を醸す。なぜなら最初のバージョンは自分の友人向けに書いたものだから。僕はただただ正直に書いたし,政治的な正しさなんて気にしていなかった。それがあの本の魅力だ。政治的に受け入れられるようにあの本を中立化するのはできないね。」

僕が設計に関してきつい見方をするからといって,僕と一緒に仕事をするのが難しいとは限らないよ。

あの本の読者は,僕がコースにつけた採点について考えすぎている。『Confidential Guides』では僕は小文を書いているけど,すべてのホールを誰かに説明しようとはしていない。僕はただ,そのコースを見に行こうと思えるかどうか,それを感じてほしい。僕がコースを評価するときの,決まりきったかたちはない。数ヶ月待てばコースについて書くのはもっと簡単になるけど,正しく書こうとすれば,かなり細かくなってしまう。2ヶ月待てば,もっとも大事なことが煎じつめられる。つまり,『この違いを生んでいるのはなにか?』ということ。直後より,少し時間を置くことで,それが見えてくる」

僕の設計哲学は『ミニマリスト』ってくくられるし,自分のやってきたことを強く信じているけれど,それだけが存在すべきコースだとは思わない。だけどゴルフコース設計は流行に影響されるビジネスだし,ある手法が流行って人々がそれに注目しだすと,それに似たコースが造られはじめる。注目を集めはじめるほとんどすべての若手は,同じスタイルでやっている。過去10年間でちがったスタイルで設計している人を見たことがないけど,それをするには難しい時代だね。普通なら,同じスタイルのコースがいっぱいあると,それとは違ったことをすることで注目を集められるけど,普通クライアントというのはもっとコンサバになりがちで,よくわからないものよりは,人々が好むであろうものを造りたがる。」

いまの設計界でトップの人たちの多くは,僕の友人か,かつて一緒に仕事をしたことがある人たちだ。ビル・クーアと僕はふたりとも,数年のあいだをあけてピート・ダイと一緒に仕事をした。ビル・クーアとベン・クレンショーのことは,彼らがお互いに知っているよりも長く,僕は彼らのことを知っている。ギル・ハンスは僕のもとで働いていた。才能ある多くの設計家は,2・3の事務所で働いたあと,自分の事務所を立ち上げている。多くの才能がこの世には溢れていて,みんなが忙しいというほどには仕事がない」

私が設計したほとんどすべてのコースで,パー4ホールは強み。パー3よりパー4の方が,もっとさらに戦略がある。スタートについては,どっちのサイドから来たのかで大きな違いを生む。そして僕は,それをできるだけ際立たせたい。有名なパー3ホールを多く見てきて思ったのは,それらはすべて単純だということ。人々が自分の好きなパー3ホールについて語るとき,少なくともそれらの半分は,バンカーに小さいグリーンが囲まれてて,いい眺めだと,形容することができるだろう。僕は長いホールを先に考えて,そのギャップを埋めるのにパー3ホールを使う。」

僕は自分のレガシーについて考えていたが,自分で自信が持てるコースをいくつか設計してしまえば,みんなそれでその設計家のことを覚えていてくれる。だからレガシーについては深く心配する必要はない。自分を自由にしてくれるんだ。世界ランキングトップ100のコースを造ろうとする必要は,もはやない。僕はすでに35のコースを造って,それらすべてが輝かしきトップ100圏内に入っているわけではない。それらすべてが素晴らしい場所であったとしても,トップ100に入るのはそのうちのいくつかだけだ。だから僕は,ランキングのことは気にしないことにしたよ。」

自分のコースについての意見に気をもみすぎたことはない。そのコースの姿に自分が満足していたら,僕はそれで満足してきた。すべての人たちをどんなときも満足させることはできない。そして,みんなをどうにかして喜ばせようとしはじめることは,間違いだと思う。狭いターゲットのビジネスで,僕は潜在的なクライアントの5%とか10%の目に映えるものを造っている。僕がその土地で多くの時間を過ごして,とっても細かいこといじくっているのは,時間と金の無駄だと考える人はたくさんいる。全部自分でやろうとする設計家とは,彼らは話したくないんだ。それで全然いいんだけど。」

旅をするのが好きだけど,僕は仕事のために旅をしすぎている。個人的な楽しみのためにいろんな場所を訪れるのが好きだ。同じ場所に1年か2年のあいだに7回とか8回も行ったり来たりしていると,少し古ぼけてしまう。僕が何かについて仕事をしているとき,その仕事は本当によくあるべきで,ゴルフをしにいったり何か楽しいことをしたりするのは難しい。ボルドーの Saint Emillionais を造っているときは素敵な食事を楽しんだけど,それ以外の南フランスの場所にはほとんど行かなかった。僕はそのコースに時間を注ぎすぎたんだ。」

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*1:アイルランド共和国南西のリンクスコース。2019年の Irish Open 開催地。